大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和32年(保モ)1197号 判決 1959年7月20日

申立人(被申請人) 株式会社淀川製鋼所

被申立人(申請人) 久本弥右衛門

主文

申立人の本件申立は、これを却下する。

訴訟費用は、申立人の負担とする。

事実

第一、申立人会社の主張

申立人会社訴訟代理人は「被申立人を申請人、申立人会社を被申請人とする大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二七四号仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和三二年一月二五日なした仮処分判決は同年三月二七日以降これを取消す」との判決を求め、その理由を次のとおり述べた。

一、被申立人は、昭和二三年一一月一六日申立人会社(以下会社という)に入社、ロール課造型工として勤務していたもので、且つ、日本鉄鋼産業労働組合連合会淀川製鋼所労働組合(以下組合という)の組合員であるが、会社は、昭和三一年二月二日被申立人に対し就業規則の違反を理由に懲戒解雇の意思表示(以下第一次解雇という)をなしたところ、被申立人は、右解雇を無効であると主張して、同月二六日大阪地方裁判所に対し、会社を相手どり、いわゆる地位保全ならびに賃金支払の仮処分を申請、同裁判所昭和三一年(ヨ)第二七四号仮処分申請事件として審理された結果、昭和三二年一月二五日「被申請人(会社)は、申請人(被申立人)の被申請人に対する解雇無効確認等の訴訟の本案判決確定に至るまで、申請人を被申請人の従業員として取扱い、且つ、申請人に対し、昭和三一年二月三日以降同年一二月三一日まで一カ月金一九、二一五円の割合による金員ならびに昭和三二年一月以降同割合による金員を毎月二八日限り支払わなければならない。訴訟費用は、被申請人の負担とする」旨の被申立人全部勝訴の判決が言い渡された。そこで、会社は、昭和三二年一月三〇日右判決に対し控訴を申立て、現に大阪高等裁判所において、同庁昭和三二年(ネ)第一〇五号仮処分申請控訴事件として審理中である。

二、本件解雇の意思表示とその理由

しかしながら、右判決ののち、被申立人には後記(1)乃至(7)記載のような就業規則所定の懲戒事由に該当する事実があつたので、会社は、これを理由として、昭和三二年三月二六日被申立人に対し懲戒解雇の意思表示(以下本件解雇という)をなし、該意思表示は、翌二七日被申立人に到達した。

すなわち、被申立人は、

(1)  昭和三二年一月二九日午前一時三〇分頃、泥酔して、何らの用件もないのに、深夜工場内にちん入し

(2)  工場管理の直接の責任者である保安係員の退場の指示にしたがわず

(3)  保安係室に無断入室して、保室係員に暴言を吐き、保安係員を侮辱してその業務の遂行を妨害し

(4)  退場の指示にしたがわないので、保安係員が実力を以て退去させようとしたところ、退去を拒んで保安係室の窓ガラス一枚を破損し

(5)  一旦退去させたのちも、再び保安係室に無断侵入し、横臥して暴言を吐き、ついに保安係員をして西淀川警察署大野交番所から警官の応援を求めるの余儀なきに至らせ

(6)  同署で事情を聴取されたのちの帰途、山岡保安係に対し「君はメスの味を知つているか、今すぐはやらないが、二年後には片野労務部長、横田鋳造部長、中田・西山保安係の腹に風穴をあけてやる」との言葉を以て、右山岡を脅迫し

(7)  更に、同日午前六時頃、保安係室に姿を見せ、以前からの負傷であるうす汚い指の包帯を示していいがかりをつけ、警察に連絡したことを種に数々の暴言を吐いて保安係員を侮辱し、その結果、保安係の一班勤務者の入場および三班退場者の管理業務ならびに、日傭労務者に対する賃金支払業務を妨害した。

なお、本件解雇の意思表示をなした当時には明かでなかつたが、その後判明したとこによると、被申立人は、

(8)  前記(2)に引続き、鋳造工場に赴き、岡野保安係からの退場の指示があつたにもかかわらず、同工場乾燥炉附近で寝ころんだまま右指示を聞きいれず

(9)  その後、七号ヤードで台車ウインチの作業に当つていた鋳造部工員佐竹富男のもとに来て、突然故なく同人の左足を撲打し紫斑を生ずる程度の打撲傷を与えた

もので、これらの事実をも、本件解雇の理由に追加する。

三、解雇理由の具体的事実と情状について

元来工場内には、重要な機械類、製品、原材料ならびに重要書類等が存置されており、また事故発生の危険も大きいので、会社では、工場の安全管理についてとくに意を用いており、工場管理の全責任者である工場長の指示にもとずき、従業員であると否とを問わず、工場への入出場は一切保安係の管理と責任のもとに行われている。会社では、従業員が就業の目的であるときには、必ずタイムレコードを打つて入退場すること、従業員が就業以外の目的であるときには、タイムカードを保安係に提出し、用件を告げて入場し、用件が済めばカードを貰いこれをカードさしにさして退場すること等、入退場について一定の手続が定められているが、被申立人は何等の手続をふむことなく、全く保安係の存在を無視し、しかも生産業務とはいささかの関係もない深夜に、酒気を帯びて無断入場を敢てしたもので、右立入行為自体すでに企業秩序を乱すものとして非難に値するところである。もつとも、被申立人については、第一次解雇処分ののち、昼間に限り組合事務所に立入ることのみを黙認していたが、右のような深夜の入場はおよそ許容し得ないところであり、また、前記仮処分事件の訴訟追行に関して同僚工員から寄せられた支援に対し謝礼の意を表するためというようなことは、右ちん入行為を正当化する理由となし得ないものである。なお、被申立人は、前記仮処分判決後の会社の態度に違法不誠実の点があつたと主張し、この点から本件ちん入行為の動機を正当ずけようとしているが、会社では、右仮処分の趣旨にしたがい、判決後最初の賃金支払日である昭和三二年一月二八日の午前中に被申立人に対しいつでも所定の賃金を支払い得る準備を整え、翌二九日には、昭和三一年二月三日以降の賃金として二二六、〇九六円を支払つたうえ、その後現在に至るまで、引続き右判決の主文記載どおりの賃金を支払つているもので、賃金支払の点について、何ら非難を受けるいわれはない。もつとも、右一月二八日午後四時三〇分頃被申立人が会社労務課給与係に賃金の支払を請求に来た際には、すでに終業時刻をすぎていたことと、係員の側に多少の手違いがあつたために、被申立人の受領し得るところとはならなかつたが、被申立人は同日午後五時三〇分頃会社からの帰途中平労務課長に会い、同人からいつでも賃金を支払う用意ができている旨を知らされていたのであるから、賃金支払についての会社側の態度の不当を同僚工員に訴えるため無断入場のやむなきに至つたとの被申立人の主張は、筋違いの弁解である。他方、会社が、右仮処分判決後現在に至るまで、被申立人に対し復職の措置をとらなかつたことは、被申立人主張のとおりである。しかし、被申立人から、その所属の組合を通じて正式に職場復帰の申入がなされたのは、一月三〇日のことであり、且つ、会社側が職場秩序をみだす恐があるとして就労拒否の意思を明かにしたのは、二月五日である。したがつて、本件無断入場のなされた当時は、被申立人側から何らの復職要求もなされておらず、会社側も公式の態度を明確にしていなかつたわけであり、復職問題についての会社の態度の違法、不誠実を云為し、これを以て本件無断入場を正当化しようとする試みも、的外れというほかない。しかも、使用者は労働者の労務の提供に対し自由な選択を以てのぞみ得るものであり、労務管理の観点から、特定の労働者については賃金を支払いつつ家庭待機を命ずることも自由になし得るところというべく、このことは、右仮処分判決の趣旨に反するとは考えられない。以上のとおり仮処分判決後の会社側の態度を非難し、本件無断入場行為の動機を正当化しようとする被申立人の主張はいずれも根拠がないが、かりに、会社側に何らかの責むべき点があつたとしても、被申立人としては、訴訟代理人乃至は所属の組合を通じて会社と交渉すべきものであり、深夜の無断入場を敢てしてまで同僚工員に訴えることは、およそ手段の選択を誤つたものというべく、これを以て正当な組合活動であるという被申立人の主張は脆弁のそしりを免れず、むしろ、勝訴判決を誇示せんとする示威的妄動と評すべきであろう。一方会社の保安係がとつた措置にも何ら非難を受けるいわれがない。すなわち、会社の制定する保安係服務規程第九条によれば「保安係員は、左の各号の一に該当する者あるときは、入門を禁止しまたは退場せしめねばならない」として、酒気を帯びているとき、遅刻のため就業させる必要がないとき、保安係の行う職務行為を拒んだとき等が挙げられている。それゆえ、被申立人の本件入場は、深夜である点からいつても、酒気を帯びている点からいつても到底許され得ないものであつたことが明白であり、そこで、これを発見した岡野保安係が退場方を指示したところ、被申立人はこれに従わずに鋳造工場内に立入つたもので、工場の安全管理について第一線の責任者である保安係がその職務規程上当然の職責を遂行したのに止まり、もとより、不当労働行為意思の介在する余地は皆無であつて、一方的にこれを無視した被申立人の行為は、企業秩序維持の見地から見て、重大な秩序違反と評価さるべきものである。更に、被申立人が右鋳造工場の現場で話しこんだのは、午前一時三〇分頃から約二〇分間であるが、それは会社の定めた勤務時間中に属し、したがつてその間会社業務の遂行に有害な影響を与えたものといわねばならず、且つ同所においても、岡野保安係の説得にかかわらず、退場の指示にしたがわなかつたばかりか、その帰路、七号ヤードで作業中の工員佐竹富男に対し何の理由もなしに前記のような暴行に及んだのであるが、このこと自体、被申立人の工場立入が正当な理由のないことを雄弁に物語るものといい得る。右暴行にひき続き、被申立人が保安係室に無断侵入した際、保安係員において事を荒立てず情理を尽くし懇切に訓戒して退場を促したにもかかわらず、かえつて被申立人は反抗的挑戦的態度に出で、保安係員に対し長時間にわたつて執拗に暴言、侮辱的態度を重ね、更に、午前六時頃再度いわゆるお礼参りに現われて保安係員の職務の遂行を妨害したものである。

これら一連の行為に照すと、被申立人が就業規則第六二条第五号(「事業場若くは従業員に有害な影響を及ぼすと認められる行為をしたもの」)同条第六号(「従業員としての資格を汚す行為のあるもの」)の各懲戒事由に該当することは明かである。

しこうして、右一連の反覆的な企業秩序に対する破壊的言動を通じて、被申立人の無頼漢的暴力的な性格を窺うに十分であるが、近代企業体が構成員の相互信頼と協力関係を基盤として運用されることを不可欠の要請とするものであることと考えあわせると、被申立人のごときは、企業秩序の破壊者として救いがたい存在であるというべく、懲戒処分中懲戒解雇を相当とすることが明かである。しかも、更に第一次解雇の理由とされた事実をも、情状として、あわせ考慮するときは、懲戒解雇を相当とすることますます明白であるといわねばならない。

なお、被申立人が同種事件の前例として挙げるものについていえば、

(1)  昭和三一年一一月圧延組長石田利男が石谷豊を殴打した件は、石谷の平素の勤務成績が不良であつたので同組長から再三にわたり注意していたが、たまたま同日同組長が安全教育のため準備体操を指導していた際に、石谷が嘲笑的態度に出たことからかつとなつた石田組長が石谷を殴打するに至つたもので、事案軽微であるうえ石田組長においても深く反省して石谷に謝罪しており、およそ本件と同一に論じうる性質のものではないし、当時葛目製鈑課長は同組長に対し譴責処分を行つている。

(2)  昭和三二年一月四日の横田、吉川両保安係のいさかいの件は、両名とも当日は非番休日であつたが、会社の宇田前社長が国務大臣就任と社長辞任のあいさつのため来社したのを出迎えるため出社し、労務課提供の祝儀酒で銘酊の余少々言い争つたまでのことで、何ら業務妨害の事実もなかつたのであるから、これも、本件と同一視しうる性質のものではない。

四、解雇手続の適法性

以上の事実にもとずき、会社は、被申立人を懲戒処分中懲戒解雇に附するのを相当と認めたので、昭和三二年二月八日中平労務課長から被申立人の所属する組合の太田書記長に対し協議方を申入れたが、組合側は、会社が被申立人を従業員として取扱わないのに解雇ということはあり得ないとの理由から、協議の必要なしと主張したので、会社としては、就業規則第六三条所定の協議の要件は充足されたものとして本件解雇の意思表示に及んだものである。

五、予備的解雇の有効性

なお、本件解雇の意思表示をなした当時、先に会社が昭和三一年二月二日附を以てなした被申立人に対する懲戒解雇の有効無効については、現に控訴審において係争中であり、第一次解雇の効力は未確定の状態にあるが、前記仮処分により仮にその効力が停止されているので、会社は、予備的に本件解雇の意思表示をなしたものである。被申立人は、終始第一次解雇は無効であり依然として従業員の地位を保有すると主張しまた会社においては、右仮処分によつて支払を命ぜられた所定の賃金を現在に至るまで引続き支払つており、被申立人もこれを受領しているのであるから、被申立人が就業規則の適用を受け、したがつて同規則にもとづく懲戒解雇の対象となりうることは当然である。会社が、右仮処分判決後、被申立人を現実に就労させなかつたことから、被申立人が就業規則の適用を免れ、ひいては本件解雇の効力に何らかの影響を及ぼすものと解してはならない。

六、仮処分の必要性の消滅

前記仮処分判決によると、被申立人は、賃金労働者として賃金の支払を受けないため生活の不安を招来していると認められてるが、その後判明したところによると、被申立人は昭和三一年六月頃から自宅において食料品店を開業し現在もなお引続きこれを営業して、一か月約一万五、六千円の収益をあげているものであるから、もはや本件仮処分によつて、仮に賃金の支払を受くべき必要性は、全く消滅するに至つたものといわざるを得ない。

七、事情の変更

よつて、本件仮処分は、昭和三二年三月二七日を以て会社、被申立人間の雇傭関係が終了するに至つた点からいつても、また、前記のとおり保全の必要性が消滅した点からいつても、民訴第七五六条によつて準用される同法第七四七条所定の事情の変更に該当する事実が発生したものとして取消されなければならない。

第二、被申立人の主張

被申立人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、申立人会社の主張一、記載の事実はすべてこれを認める。同二記載の事実のうち、会社がその主張の日にその主張のような理由で、被申立人に対する懲戒解雇の意思表示をなし、該意思表示がその主張の日に被申立人に到達したことは認める。

二、解雇理由事実の不存在

会社の主張する解雇理由は、針小棒大に事実を歪曲したもので、その評価も著しく失当である。

(1)  本件仮処分の判決正本は、昭和三三年一月二五月当事者双方に送達されたが、会社は、その訴訟代理人を通じて、右仮処分によつて支払うべき賃金は任意にこれを支払う旨申入れてきたので、被申立人は強制執行の手続に訴えることを留保すると共に、一月二六、二七の両日にわたり、組合を通じて会社に対し被申立人を従業員として取扱い速やかに職場に復帰させる処置に出るよう要求したところ、会社は、片野労務部長の不在を理由に回答を保留した。そこで、被申立人は、会社側の不誠意に憤慨しながらも、なお強制執行手続をとることを差控えるうち、賃金支払日たる一月二八日を迎えたので、同日こそは賃金を受領しうるものと期待し、通常の支払時刻である午後四時三〇分頃労務課給与係に赴き賃金の支払を求めたが、係員は、何も聞いていないと回答するのみで、支払を受けるに至らなかつた。ここにおいて、被申立人は、仮処分後の会社の違法且つ不当な態度に痛く憤慨し、その事情を広く一般従業員に訴える必要があると考えるに至つた。

(2)  かくして一旦帰宅した被申立人は、飲酒して就床したが、会社の理不尽な態度と生活の困窮化に思いをめぐらすうち、午前二時頃はロール課の夜勤者が休憩時間中であることを想い出し、一月二九日午前一時頃、勝訴判決の報告を兼ねて、判決後の会社側の不当な扱いを訴え、その是正方について支援を求めるべく、会社に赴いた。

(3)  被申立人は、第一次解雇以後、解雇の無効を主張する組合幹部として異例の存在であつたので、入門に際して、保安係員に挙手するとか、目配せする程度の合図をするのみで、入門することを慣例としていたものであるが、右二九日の入門に際しても、同様の方法で保安係員に合図したところ、保安係員も従来どおり入門を認めた。泥酔のうえちん入したという会社の主張はおよそ事実に反する。

(4)  被申立人がロール課の作業現場に赴いた際、たまたま同僚の伏見、藤木等が乾燥炉の前で休憩中であつたので、あいさつを始めたところ、岡野保安係が現われ、退去方を申出たが、被申立人が事情を説明すると、右岡野は保安係室に引返した。しかし、被申立人は、第一次解雇後の就労闘争の際に起つたトラブルをくり返すことがあつてはならないと考えたので、早々帰宅することとし、正門前まで引返したところで、山岡他二名の保安係と出会つた。

(5)  そこで、被申立人は、保安係から説明を求められて、保安係室に同行入室したところ、山岡を中心に保安係員数名が被申立人に対し「何をノソノソ用事もないのに来たのか、裁判に勝つたと思つてのぼせ上つているのか」等と口々に罵辞を浴びせ、あまりのことに憤慨した被申立人が言葉を返すと、山岡保安係は何をこのチンピラが……」というと同時に、被申立人の左あごを手拳で突きあげ、はずみを喰つて仰向けに倒れた被申立人を二、三名の保安係員が立上る機も与えないで室外に抛り出したものである。ようやくにして立上つた被申立人が、保安係員のこの無暴な仕打に抗議すべく保安係室にはいると、たまたま西淀川警察署の警官が来ていたので、同警官に対し保安係員等の暴行を訴えたところ、同署まで山岡保安係と同行することを求められ、事情を聴取された結果、同保安係も被申立人が被害者であることをおおむね認めたため、両名とも直に帰宅を許され、その帰途約四〇分のあいだ、同保安係と道を共にして、判決後の会社の態度等についての感想を述べたのである。数一〇分間にわたり、肩を並べて別れ道まで行を共にした同行者の一人が、他方を脅迫するなど、およそ常識はずれの言いがかりというほかない。

(6)  同日午前六時頃、被申立人は、会社に赴いて組合の事情経過を報告すると共に、前夜の保安係員に対し抗議を申出たがその間保安係の業務を妨害した事実は全くない。

三、解雇の無効

会社は、本件仮処分により、被申立人を従業員として取扱わねばならないこととなつたのにかかわらず、前記一月二八日に至るも、他の従業員に対しては賃金を支払いながら、被申立人にはその支払をなさなかつたもので、これは判決に従わない違法行為である。しかも、会社は、右仮処分後速やかに被申立人を就労させるべきであつたのにかかわらず、何らの業務命令を出すこともなく、事実上放置して就労の機会を与えなかつたもので、その結果、被申立人をきわめて不安な状態に追いこんだであろうことは想像にかたくない。まして、第一次解雇は、不当労働行為として無効とされたのであるから、仮処分後もなお就労させなかつたのは、明かに組合員であることを理由とする不利益処分であると同時に、これによつて労働者の連帯意識を損じ、結果的に組合活動の抑圧をはかるもので、組合に対する支配介入といわねばならない。更に、会社が、裁判所の発した仮処分を無視して、右のような態度に出たのは、一種の法廷侮辱行為ともいうべきものである。

被申立人が、仮処分後の会社の態度を不当視し、痛く憤慨したのもすこぶる当然であつて、真冬の午前二時という時間に行動するに至つたことは、仮処分後の会社の措置が被申立人に対して、いかに痛烈な打撃を与えずにはおかなかつたかを雄弁に物語るものということができる。

被申立人が、かような会社の違法行為を排除するため、同僚の組合員に事情を訴え、違法行為排除について広い支持を受くべく、夜勤休憩中の組合員を訪問したことは、企業秩序を乱したり、会社施設に損害を加えない限り、正当な組合活動の領域に属し、何ら非難を受ける筋合のものではない。被申立人が、平穏にロール課の現場に赴いて同僚工員と話合つたことに徴しても、被申立人の入場が正当な目的を以てなされたことはすこぶる明白というべく、更に、このことは、当時被申立人が泥酔していなかつたことの有力な証左でもある。これに対し、会社が、保安係を通じて、被申立人の正当な組合活動のための入場を妨害したのは、不当労働行為にほかならない。

しかも、被申立人がロール課の現場で同僚にあいさつしたのは、休憩時間中のことであり、休憩時間利用の自由は、労働基準法上の原則であるから、かかる行為が企業秩序に有害な影響を与えるとは到底考えられないことであつて、およそ保安係員に介入されるべき理由なく、これに不当な介入を敢てした保安係の行為こそ不当労働行為として非難されねばならず、従つて、保安係員の退去の指示に従わなかつたのは当然のことに属する。

被申立人が保安係室内でとつた行動についても、被申立人としては自らの正当性を主張してその理解を求め、保安係員の攻撃的行動に対しても防衛的に終始したものであつて、無頼漢的・暴力的との非難は、保安係員にこそ妥当するというべく、問題は、悉く保安係員の挑発的な行動に端を発したものといわねばならない。かりに、被申立人の側に何らかの非難を受ける点があつたとしても、喧嘩両成敗と称すべきものであつて、被申立人のみを一方的に糾弾するのは公平を欠くこと甚しい。

なお、会社が、二の(8)(9)で主張する事実は、いずれも本件解雇の意思表示当時、解雇の理由とされていなかつたものであるから、かような事実を事後に追加して持出すことは、到底許されるところではない。

また、会社が、従来本件事案と同種の従業員間の些細な争について、何らの処分もしていない例として、次の二例をあげることができる。

(1)  昭和三一年一一月一八日圧延組長石田利男が就業時間中石谷豊を殴打し、食事をとることができない程の口辱部切創を与えた事件について何らの処分をしていない。

(2)  また、昭和三二年一月四日就業中の横田、吉川両保安係が、なぐり合いの喧嘩をなし、その後、右横田が酒の提供を迫つて労務課を追いまわしたという職場放棄、業務妨害の事件についても、両名に対し何の処分もないままである。

以上のように、本件解雇は、被申立人に、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実がないのに、これありとしてみなされたもの乃至は情状の判定を誤り解雇権を乱用したものとして無効のものであるが、かりにそうでないとしても不当労働行為として無効であるといわねばならない。

四、必要性消滅の主張に対する反駁

会社は、本件仮処分の必要性が消滅したと主張するが、被申立人が些細な内職的家業を行つているからといつて、賃金の支払を受けないことによる生活の脅威を免れ得るとは到底いい得ないところであり、いわんや被申立人の家族数、店舗の状況、現に本件仮処分により支払を受け得る賃金額などをあわせ考えると、依然として重大な生活の不安にさらされていることは極めて明白である。

よつて、被保全権利、保全の必要性のいずれの点においても、本件仮処分の基礎たる事情には何らの変更も生じていない。

第三、疎明関係<省略>

理由

一、会社の主張一記載の事実ならびに同二記載の事実のうち、会社がその主張の日にその主張のような理由(同二(1)ないし(7)記載の理由)で、被申立人に対し懲戒解雇の意思表示をなし、該意思表示がその主張の日に被申立人に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、本件解雇の効力

(一)  証人西山正の証言によつて成立を認めうる甲第五号証、証人佐竹富男の証言によつて成立を認めうる甲第九号証の二、証人山岡勇、岡野安太郎、藤木寅吉、伏見重太郎、佐竹富男、西山正、原八郎の各証言、被申立人本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  被申立人は、昭和三二年一月二九日、午前一時三〇分頃酒気を帯びて、会社保安係に何らのあいさつをすることもなく、表門から会社工場内に立入り、その姿を認めた岡野保安係が被申立人の後を追い、「夜のいま頃入つてもらつては困るから、帰つてもらいたい」旨退場を求めたのに対し、これに答えることなく、そのまま鋳造工場に赴いたところ、

(2)  右鋳造工場では、たまたま、休憩時間中であり、藤木寅吉等当日の夜勤番の工員約一〇名が、乾燥炉周囲に敷いたござの上で、思い思いの姿勢で雑談に時を過ごしている際であつたので、被申立人もその中に加わつて身体を横たえ、右藤木等に「こんど判決があつた。いろいろ支援してもらつてありがとう」等と謝礼を述べると共に、前記二八日に会社から賃金の支払を受けえなかつたことについて不満の意を伝え、「何か対策はないか」等と話しかけたりしていたところ、五、六分後に、岡野保安係が被申立人のもとに来て、「今ごろきてもらつては困る、帰つてくれるように」と退去方を申出たのに対し、被申立人が、「おれも淀川製鋼の従業員だから、昼来ようと夜来ようと勝手ではないか。君らはとやかくいうな」と答える等の応酬があつて、被申立人は退去の指示に従わなかつたため、同保安係も同所をひきあげ、その後しばらくして被申立人もまた「皆によく礼ををいつて帰りたいのだが、ゴタゴタがあつてもいけないので」との言葉を残して、入場後約二〇分後に鋳造工場を退去し、

(3)  右退去後午前二時五〇分頃、工場七号ヤード附近を通りかかつた際、同所において台車ウインチの運転作業に従事していた鋳造部工員佐竹富男に対し、「お前はわしが向うから来るのを知つていながら、台車を引張つてきたのだろう。危いではないか」といつて、同人の左足を手で軽く叩き、

(4)  ついで、会社表門附近にさしかかつたが、山岡、岡野両保安係が執務中の保安係室内に「今晩は」と声をかけて入室した。そこで、山岡保安係が「勝訴したからといつて増長してはよくない。君は、まつたくのぼせあがつている。かような深夜に現場へ入ることは全く懲戒以上だ。今後このようなことがあれば、断じて許さない。わかつたら、今夜はおとなしく帰れ」等とかなりの時間にわたつて説得したところ、被申立人は憤慨して「お前は正規の保安ではないではないか。あまり、えらそうにするな。甲斐性があるなら叩き出してみい」とはげしい口調で言葉を返したため、説得によつては退室を期待しがたいと考えた同保安係が「チンピラにこんなことをされて、守衛の仕事がつとまるか」といいながら、被申立人の身体をとらえて室外に連れ出そうと試みたので、被申立人は、これを振り切ろうとしてもがき、傍の机に当つた拍子に倒れて、土間に仰向けの姿勢となり、「なぐれ、殺せ」などと大声でわめくのみであつた。この声で、たまたま仮眠中であつた西山、中田両保安係も起出し、保安係四名でその処置を話合つた結果、実力で退去させるのもやむをえないとの相談がまとまつたので、山岡、中田両名が、被申立人の身体をかかえて室外に出そうとしたところ、被申立人が出入口のドアを強く持つて暴れたため、ドアの窓ガラス一枚が破損するに至つた。かようにして、被申立人は、一旦室外に出されたが、なおも室外で寝ころんだままわめき続けたので、処置に窮した保安係員は、電話で西淀川警察署大野交番所に警官の応援を求めた。ところが、被申立人は、再び起き上つて室内に戻り、前同様土間に身を横たえて種々わめき立てた後、山岡保安係に煙草を求め、同人から受取つた煙草を喫みながらもなお依然としてわめき続けた。そこへ、右交番所から警官がかけつけたので、保安係員から前後の事情を説明したところ、被申立人は、右警官に対して山岡保安係を指し「こいつがなぐつたり蹴つたりしたのだ」と申出たため、被申立人、同保安係の両名が西淀川警察署まで任意同行を求められ、同署において取調を受けたが、結局、会社従業員相互の悶めごとである事情が判明したので帰宅を許された。その帰路、被申立人は、右山岡に対し「山岡、あんたはメスの味を知らんだろう。あまり矢面に立つなよ。今はやりはしないが、二年先にはやる。」等といいながら、片野労務部長、横田鋳造部長、中田、西山両保安係の名を挙げ、約三〇分ほど同道した上、別れ道に来たので、被申立人は自宅へ、右山岡は会社へとそれぞれ引きあげた。

(5)  ところが、被申立人は、自宅で一睡ののち、再び午前六時頃、自転車で会社に赴き、保安係室に入り、ちようど岡野保安係を補助して日傭労務者に対する賃金支払の事務に当つていた山岡保安係に対し、以前大工仕事の際に負傷した指の包帯を示し、「これをどうしてくれるのか、おかげで買出に行けんではないか」等となじり、更に「西山来い、中田来い。思う存分なぐつてみよ。」等と叫び続けた。そこで右山岡保安係が、たまたま表門附近で組合費の徴集にあたつていた組合の原副委員長に事情を説明したので、同副委員長が、被申立人に対し、「組合合事務所へ行つて話をしよう」となだめたりしているうち、被申立人の友人である三野組長が、その場に現われ、「久本、それだけいつたら、もういいではないか。帰ろう。」と被申立人をなだめたので、被申立人も、午前六時三、四〇分頃、保安係室を去り、自宅へ引返した。

右のように被申立人が、保安係室内で大声で叫んだりしている間、保安係室窓口には日傭労務者が賃金受領のため列をなして順を待つていたところであり、右支払事務を補助していた山岡保安係が、被申立人との応待に当らねばならなかつた関係から、右支払事務に若干の支障を生じた。

甲第五号証、同第九号証の二、の各記載、証人山岡勇、岡野安太郎、伏見重太郎、佐竹富男、原八郎の各証言、被申立人本人尋問の結果中、右一応の認定に牴触する部分は信用し難く、他に右認定を動かすに足る疏明資料はない。

(二)  しかして、会社就業規則第二六条第五号には、「事業場若くは従業員に有害な影響を及ぼすと認められる行為をしたもの」、同条第六号には、「従業員としての資格を汚す行為のあるもの」を懲戒事由として定めていることは、成立に争いのない甲第一号証(就業規則)によつて明かなところである。

申立人会は、前記(1)ないし(5)の事実は、右就業規則所定の懲戒事由に該当すると主張するので、以下その当否を判断する。もつとも、被申立人は、右(2)(3)の事実は、当初懲戒解雇のさいは、懲戒事由として示されていなかつたものを追加して主張するものであり、かかる主張は許されないと主張するのであつて、なるほど前記就業規則第六三条によつて明かなように、懲戒事由の認定、処分は、労働組合と協議の上行うべき旨定められている本件では、右協議に附せられない事由を追加主張して懲戒解雇の正当性を主張することは、右懲戒手続の違背であり、原則として許されないものというべきであるが、右(2)(3)の懲戒事由は、その余の事実とともに生起した一連の事実の一部であり、かつその態様からみても異質的なものではなく、会社の主張する就業規則所定の懲戒事由に包摂されるのであつて、その大綱にはいささかも変りはないし、かつ懲戒手続面でも、被申立人所属組合は、会社からの協議申出に対し、懲戒事由の当否を検討することなく、会社が被申立人を従業員として認める態度をとつていないとの理由から、これを拒否している始末であることは証人太田耕八の証言で明かであつて、右追加事由について組合との協議がないことを問題にする余地もないのであるから、申立人の右追加事実を含めた懲戒解雇事由について、当否の判断をなすべきであり、これを妨げる根拠はないものと考える。

(1)  前記(1)の事実について

まず本件仮処分判決後被申立人が右の如く会社工場内に立入るに至るまでの経過について考察するに、成立に争のない甲第七号証、証人中平梅喜の証言によつて成立の認められる甲第八号証の一、二及び証人太田耕八、中平梅喜、片野養蔵の各証言ならびに被申立人本人尋問の結果を綜合すると、以下のような事実が認められる。

すなわち、本件仮処分の判決正本は、昭和三二年一月二五日当事者双方に送達されたが、会社では、訴訟代理人を通じて被申立人に対し、右仮処分で支払を命ぜられた賃金は任意に支払う旨を申入れ、被申立人もこれを了承した。そこで、会社の中平労務課長は、同日直ちに同課給与係の中島係長、黒住係員に対し、会社所定の賃金支払日である同月二八日には、昭和三一年二月四日以降同年一二月三一日までの分として、二〇六、八八一円を、昭和三二年一月分として一九、二一五円を支払うよう指示すると共に、右二八日午前中に、右賃金支払についての経理上の手続を済ませ、同日午後には、右黒住において、被申立人の請求あり次第いつでもこれを支払い得るよう現金を準備していた。

一方組合では、同月二六日朝緊急執行委員会を開き、右判決の内容を検討した結果、会社に対し速やかに被申立人の職場復帰の実現をはかるよう申入れる方針を決定し、太田書記長が、同日右申入を行うべく片野労務部長を訪ねたところ、中平労務課長から部長不在のため何とも回答できないとの返事があつた。太田書記長は、更に同月二八日、再び中平労務課長を訪ね、前同様の申入をなしたが、その際も、同課長は、労務部長の不在を理由に会社側の明確な態度を一切明かにしなかつた。

被申立人は、太田書記長から復職問題に関する会社、組合間の交渉経過を知らされ、その成行に不安を感じていたが、右二八日には、一般従業員と同様本件仮処分による所定の賃金を当然受領できるものと考え、午後四時三〇分頃給与係窓口に赴き、その支払を求めたのに対し、被申立人の所属するロール課関係の給与事務を担当する米田係員がその応待に当つたが、同人はその点について会社の指示を知らなかつたため、何も聞いていないと答えたので、詳細を確かめようと労務課を訪ねたところ、課員不在のため問合わせる相手もなく、不審を念を抱いたまま帰途につかざるを得なかつた。しかし、右会社からの帰途、被申立人は中平労務課長と出会い、「私の給料はもらえるか」とただしたところ、同課長の答は「用意してあるから、いつでも取りにくるように」というのであつた。かようにして帰宅した被申立人は、一旦就床したが、午後一一時頃目がさめ、夜勤中の同僚を訪ね、前記仮処分事件の追行に当つて、被申立人のために寄せられた支援に対し謝礼を述べると共に、前記判決後の会社の態度についての不満の念をうちあけようと思い立ち、しようちゆう約一合をのんで会社に出かけたものである。

証人中平梅喜、片野養蔵の各証言中右認定に反する部分はこれを信用することができず、他に右認定を左右するに足る疏明資料はない。一方成立に争のない甲第二号証に証人山岡勇、岡野安太郎、西山正、片野養蔵、藤木寅吉の各証言ならびに被申立人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると

(イ) 会社では、従業員であると否とを問わず、工場への入出場は保安係の責任において管理されており、従業員については、就業の目的である場合には、タイムレコードを打つて入退場すること、就業以外の目的である場合には、所定のカードを保安係に提出し用件を告げて入場し、用件を終えると右カードを受取つて退場すること、従業員でない者については、保安係に用件を告げ、面会票、記章の交付を受け、これを帯用して入場し、退場時には、保安係に返還することと定められていること

(ロ) 会社制定の保安係服務規程第九条によると、保安係員は酒気を帯びている者、遅刻のため就業させる必要がない者、保安係の行う職務行為を拒んだ者等については、その入門を禁止し、又は退場せしめねばならない旨が定められていること

(ハ) 第一次解雇処分ののち、会社は被申立人が昼間に組合事務所に立入ることのみを黙認していたものであるが、該立入に際しては、被申立人においてとくに入門のための一定の手続をとるまでもなく、単に保安係員に挙手するとか目くばせで合図する程度のあいさつを行うだけで立入が認められていたこと

(ニ) 会社工場内への入退場に関する前記のような所定の手続は必ずしも厳格に貫かれていたものではなく、また、従業員が深夜工場内に立入ることについても、絶対的に禁止されていたわけではなく、現に被申立人が右日時に入門した直前にも、ほろ酔い気嫌の二、三人の船頭(会社の従業員であるか否かは、疏明資料上明かでない)が所定の手続をとることなく入門したのに対し、保安係において、何ら制止の措置をとらないで見送つていること

(ホ) 右入門当時被申立人は若干酒気を帯びていたが、泥酔というには程遠いもの(約三〇分程前、自宅を出るときに、約一合のしようちゆうをのんだものであることは先に認定したとおり)であつたこと

がそれぞれ認められ、甲第五号証ならびに証人山岡勇、岡野安太郎、西山正の各証言中右認定に反する部分はいずれも信用しがたく、他に右認定を動かすに足る疏明資料はない。

右認定の事実によれば、被申立人が右二八日に賃金の支払を受け得なかつたのは給与係に赴いた際、被申立人に対する賃金の支払につき会社からの指示を受けていた係長等がすでに退社後であつた結果の手違いにもとずくものであり、しかもその後刻には、中平労務課長の口から支払の用意が出来ている旨を聞いていたのであるから、この点について、被申立人が会社の態度に不満を抱くに足るだけの理由は見出しがたい(現に、その翌二九日被申立人に対し、会社が用意していた前記金額の賃金が支払われたことは成立に争のない甲第四号証の一、二によつて明らかである)。その半面本件仮処分判決後、会社が被申立人の復職問題について煮え切らない態度を示し、前記中平労務課長と太田書記長との接渉においては、被申立人が復職の可能性につき悲観的な見とおしを持つのも無理からぬと思われるような回答ぶりであつたことは、右認定のとおりである。

しかも被申立人が前記仮処分事件の追行に当り、職場を同じくする同僚工員から資金カンパ等によつて側面的な支援を受けたことは、証人藤木寅吉、原八郎、伏見重太郎の各証言及び被申立人本人尋問の結果から窺い得るところであり、また、右藤木証人の証言によれば、勤務時間の関係から、一部同僚工員については、夜勤中を利用しなければ顔を合わせる機会に恵まれることが必ずしも容易でなかつたことが認められるので、右支援に対する謝礼の意を伝えるために被申立人が深夜の訪問を思い立つたことは咎むべきものとは考えがたい。

これを要するに、深夜保安係員に無断で入門し保安係員の制止の措置に従わなかつた点については、保安係員による一般従業員に対する入出場の管理は必ずしも規程どおり厳格に実施されていなかつたこと(被申立人に対する入出場手続は、少くとも本件仮処分判決後は、一般従業員と同様の取扱いをなすべきものであることはいうまでもない)

酒気を帯びていたにしても、工場施設や従業員に対し有害な影響を与える危険性があると推測されるほどのものであつたとは認めがたいこと、更に前記のような右入場に至つた動機なり事情経過なりをあわせ考慮すると、いまだ、前記懲戒事由の何れにも該当するものとは、到底解しがたい。

(2)  前記(2)の事実について

前認定の如く、被申立人が右鋳造工場内で話しこんだのは休憩時間中のことであり、したがつて夜勤者の作業遂行には何ら妨害を与えたものでもなく、また同僚工員との会話は、平静に行われ、且つその内容も(賃金支払の問題で会社を非難している点は当を得ているが)おおむな穏当なものであり、岡野保安係の退場の指示に従わなかつた点も(言葉のやりとりにおいてやや粗暴な言辞を用いてはいるが)強いて非難すべき程のものでないことは、先に説示したところから明かであるから、前同様懲戒事由に該当するものとは認めがたい。

(3)  前記(3)の事実について

被申立人が、前記の如く、佐竹富男の足を叩いたのは、被申立人本人尋問の結果によると、被申立人が、台車の線路を通過しようとしたところへ、右佐竹が台車を運転してきたので、危険であることを注意する意味で軽く同人の足を叩いたに過ぎず、佐竹の危険な仕業に対する立腹の気持が多少働いていたとしても、およそ暴力沙汰といわれるものとは縁の遠い所為であることが認められ、他方、証人西山正、佐竹富男の各証言によつて明かなように、右佐竹は、その後自ら会社に右事実を申告する等の措置に出ることなく、約九か月後の昭和三二年一〇月に至つてはじめて西山保安係に柔道の指導を受けている間の雑談中にこれをもらしているのであり、右佐竹が、暴行を受けた部分の筋肉が二、三日痛んだと証言している点を考慮にいれても、暴行の程度はすこぶる軽微であつたというべく(右佐竹が、医師の治療を求めたとか、作業を休まねばならなかつたとかの事実を窺わせる疏明は全くない)、これを以て前記懲戒事由として取上げるに値するものとは到底いいがたい。

(4)  前記(4)の事実について

被申立人が、前記の如く保安係室内へ入るに至つたことにつき、何らかの正当な理由ないしは動機があつたことを認めるに足る疏明はなく、かりに、前記のように二回にわたつて岡野保安係から退場を求められたことに対する抗議のためであつたとしても、現に保安係員が保安業務に従事している際にあつて、室内の土間に仰向けとなつたり、大声でわめいたりした末、仮眠中の保安係員までが起出してこれを取り鎮める処置に出るのやむなきに至らせたうえ、ついには警察官の派遣要請を余儀なくさせ、しかも、警察署よりの帰途、同行の山岡保安係に対し脅迫的な言辞を弄しているのであつて、かくの如きは、およそ抗議のための言動の域を逸脱した所為というべく、保安係員の職務の遂行に有害な影響を与えたものとして、前記懲戒事由に該当することは否むべくもない。

(5)  前記(5)の事実について

前記の如く一旦帰宅した被申立人が、再び保安係室へ来たことの動機につき、被申立人は、前記夜半に保安係員のとつた行動に抗議するためであつたと主張しているが、現に保安係員が賃金支払事務に従事中であり、日傭労務者が列をなしてその受領を待つている時機に、かような行動に出たことに、到底当を得たものとはいいがたく、他の適当な時機をえらんで、穏当な方法で抗議に出ることができた筈であり、賃金支払事務の遂行に与えた支障の程度が比較的軽微である点を勘案しても、右行為は、前記懲戒事由に該当するものといわねばならない。

(三)  懲戒解雇の相当性

以上見たところにより、右(一)の(4)(5)記載の被申立人の行動は、就業規定の懲戒事由に該当するものといわねばならないが、前記甲第一号証の就業規則によれば、懲戒の種類は一、譴責、二、減給、三、解雇の三段階に分れており、その選択は使用者に委ねられているとはいえ、決して恣意的な選択を許すわけではなく、客観的に妥当なものでなければならないのは、いうまでもないところであつて、とくに懲戒処分中懲戒解雇は、従業員を企業外に排除する最も重い処分であるから、懲戒権が企業秩序維持の目的に奉仕するものであることに照し、違反者をそれ以下の軽い処分に付する余地を全く認めがたい場合に限つて許されるものと解するを相当とする。

叙上の観点に立つて、被申立人の情状について検討すると

(イ)  前認定のとおり、会社は、仮処分判決後も被申立人の職場復帰の問題について煮えきらない態度をとつていたものであるが、このような会社の態度は、片野労務部長が不在であつたことや、判決後きわめて短時間を経過しているにすぎない点を考慮にいれても、会社側に、本件仮処分中の従業員たる地位の保全を宣言する部分につき、その趣旨を忠実に履行する誠意があつたかどうかを、すこぶる疑わしめるものである。一方、被申立人としては、右仮処分事件において勝訴した以上は、賃金の支払はもとより、就労、福利施設の利用その他一切の面で、解雇前と同様の処遇を与えられるものとの強い期待を抱いたであろうことは想像に難くなく、且つ、かかる期待を抱くことはまことに無理からぬところであるから、前記のような会社の態度が、被申立人の目には、期待を裏切ること甚しいものとして映じ、その不安と焦燥の念を募らせたであろうことは、十分に肯けるところである。本件で被申立人のとつた一連の行動は、会社が復職問題につき速かに誠意ある態度に出ていたならばこれを回避し得ていたであろうことは、殆ど疑う余地がない。更に、本件仮処分判決(成立に争のない甲第三号証)によれば、第一次解雇前、被申立人は、その職場であるロール課において、最も活発且つ戦斗的な組合活動の推進者として、会社側の警戒の的となつたもので、会社としては、平素から被申立人の企業外排除をはかる機会をねらつていたものであることが一応認定されているし、また、弁論の全趣旨に徴しても、仮処分判決後における前記のような会社の態度の背後には、組合活動家としての被申立人を疎外視する意識が伏在していたのではないかとの疑いをさしはさむ余地が少くなく、したがつて、この疑惑が、さらに被申立人の不安焦燥をかり立て、前記言動に走らせたものとも考えられるし、また、他方会社も、本件解雇に当つて、右不当労働行為的な意図を、どこまで清算していたか、多分に疑問の余地が残されているように思われる。したがつて、本件における被申立人の行動を評価するに当つては、右説示の如く、会社側にも、軽視しがたい幾つかの非のある点を、十分に勘案することが必要である。

(ロ)  深夜と早朝の再度にわたる保安係室内での被申立人の行動についても、全面的一方的に被申立人のみを非難糾弾することは妥当ではない。とくに、深夜に起つた悶着においては、前認定のとおり、保安係の側にも使用者の威をかりたと誤解されそうな高圧的、挑発的と見られる言動があり、これに加えて、第一次解雇後の就労斗争に際し、被申立人と保安係との間に、被申立人の構内入場拒否をめぐり二、三回紛糾を生じたことのある事実は、成立に争のない甲第一一号証の三、証人山岡勇、西山正、太田耕八、原八郎の各証言及び被申立人本人尋問の結果によつて認められるところであるが、こうした従来の経験から、被申立人が、保安係は使用者立場にあるものとの見方をとり、両者の間には、かねてから、微妙な感情的対立が伏在していたものと考えられ(前認定のように、保安係員が、被申立人より先にほろ酔い気嫌の船頭が入門したのを全く不問に附しながら、被申立人については、頭から危険人物視し、入門直後に即刻制止の措置に出ていることも、かような両者の関係を考え合わせるならば、決して不自然なものではない所以が首肯できると共に、被申立人が保安係について前記のような見方に立つのもあながち無理からぬことであると考えられる一つの資料である)、この点もまた、被申立人をして前記保安係の説論じみた言動に対し反撥心を起させ、前認定のような行動に走らせた原因の一つとして見逃しがたい比重を占めているものと考えられる。したがつて保安係員が、被申立人のおかれている立場について、ひとしく労働者の立場にあるものとしての理解と同情を注ぐだけの寛容さをそなえていたならば、事態は、もつと変つたものになつていたであろう。

(ハ)  被申立人は、第一次解雇後、解雇の無効を争う組合活動家として、会社内において、特異な存在を示していたものであるが、前記のように同一職場の同僚から資金カンパ等により側面的な支援を受けていた半面、証人佐竹富男、中平梅喜の証言によつて窺われる如く、第二組合員を中心とする従業員内では、うるさい人物として嫌悪され(右に説示した保安係員と被申立人との関係も、かような事情の一反映と考えられる点が多い。)前記のような使用者の警戒的態度とあいまち、被申立人を、いわば異端者的な立場に立たせたのではないかと推認せられ、被申立人が、前記のように、被害妄想的とさえ思われる程、会社や保安係員の態度に敏感な反応を示したのも、このような環境下におかれた者の心理としては、必ずしも理解し難いものではなく、この点もまた、被申立人の本件行動の評価に際し、十分に斟酌されねばならないものと考えられる。

(ニ)  証人太田耕八、原八郎の各証言によると、昭和三二年七月頃、勤務時間中二名の工員間でもめごとが起り、一方が長さ約二尺の火箸で、他方の背後から二度なぐりつけ、一〇針ぐらい縫合手術を要する傷害を与えた事件があり、職場会議でも問題にされたが、結局、加害者は減給処分に附されたのみであつたこと、その他石田、石谷間の殴打事件等従業員相互間の暴行、傷害事件は必ずしも稀れではないが、最近四、五年の間に、懲戒解雇処分がなされたのは被申立人を除いて他にないことが認められる。本件は、前説示のとおり、単純な暴行、傷害事件に属するものではないが、会社が被申立人の暴力的性格に着目して本件解雇に及んだことは、その主張に徴し明白であるから、右のような前例との均衡も十分に考慮されねばならないものと考えられる。

右(イ)乃至(ニ)の事情に加えて、前記懲戒事由該当行為の具体的な内容、会社に与えた被害の程度、その他諸般の情状を綜合すると、本件については、情状軽減の余地が認められ、したがつて、会社が被申立人を他の種類の懲戒処分に附するは格別、最も重い懲戒解雇に附し、完全にその反省の機会を奪い去り、企業外排除をはかつたのは余りにも過酷であるというべく、結局情状の判定を誤り、ひいては、就業規則の適用を誤つた無効の解雇であるというのほかはない。

なお、申立人会社は、第一次解雇の理由たる事実を情状として考慮すべき旨主張するが、第一次解雇の懲戒事由は本件第一審判決で否定され、現在控訴審において、その懲戒事由たる事実の存否、情状ないしは不当労働行為の成否等が争われているのであつて、これを本件第二次解雇の当否の判断に際し情状として加味することは、それが是認される程度の疎明が新たにあれば格別、そうでない本件では、とうてい許されないところであるといわねばならない。もつとも、右判決が一応認めた被申立人の言動のうちには穏当でないものもあるが、同判決が認めた環境のもとになされた言動であることを考慮するとき、これを本件解雇の情状に加味しても、前記結論に差異を来すものとは考えられない。

三、仮処分の必要性の存否

最後に、本件仮処分の必要性が消滅したとの会社の主張について考察するに、被申立人の自宅の写真であることにつき争いのない検甲第一号証、成立に争いのない甲第一一号の証三、証人中平梅喜、片野養蔵の各証言及び被申立人本人尋問の結果によると、被申立人は、昭和三一年六月頃から、自宅において、パン・麪類等を取扱う食料品店を開業し、その後引続き現在まで営業していることが認められるが、その一か月の収益が約一万四、五千円にのぼるとの会社の主張については、甲第一一号証の三、証人中平梅喜、片野養蔵の各証言中これに副う部分は容易に信用しがたく他にこれを認めるに足る疏明資料はない。

かえつて、被申立人本人尋問の結果によると、右家業による収益は、被申立人一家(夫婦と子供三人)の生計を支えるものとしては殆どあつてなきに等しいものであることが認められるのであつて、もとより、これによつて賃金の仮りの支払を命ずる仮処分の必要性が消滅したものとは到底解しがたい。

四、結論

以上のように、本件仮処分の被保全権利及び必要性は、いずれもなお存続するものであるから、事情の変更を理由として本件仮処分の取消を求める申立会社の申立は理由がないものといわねばならない。よつて、本件申立は、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 山口幾次郎 角谷三千夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例